これが沖縄の真実だ!by オスプレイ不安クラブ

このブログは、在日米軍基地を過重に負担させられている沖縄の現状を伝える「オスプレイ不安クラブ」が開設しました。

沖縄の政治家へ捧ぐ・沖縄県民からの提言: 「ありのままの姿」を見よ!

73年前の今日、1944年10月10日、

奄美諸島を含む南西諸島全域が米軍による空爆を受けた。

いわゆる『十・十空襲』があった日だ。

 

neverforget1945.hatenablog.com

 

あれから73年が経過した今日、2017年10月10日は第48回衆議院議員総選挙の公示日となった。

 

そんな10月10日の今日、

沖縄県知事および副知事、41市町村の首長および議員、両院の国会議員(または前議員)、様々な政党や会派で活動する政治屋の皆々様に、どうしても言いたい、伝えたいことがある。

 

まずは、この地図を見てほしい。

 

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これが、日本国にある沖縄島と伊江島現在の姿である。(2017年10月現在)

 

普段、私たちが「沖縄本島伊江島」と呼ぶ島には在日米軍が駐留しているが、米軍の専用施設や訓練場は「日本国」ではない

上の地図にある穴、そこはアメリカ合衆国である。

 

一般に普及する沖縄県の地図には、アメリカ合衆国であるはずの「土地」も「沖縄県の一部」のように表記されている。

そのことにより、沖縄県民をはじめとする各自治体の首長や政治家は、沖縄島と伊江島の「ありのままの姿」を見ていない。

 

沖縄の政治家が沖縄の「ありのままの姿」を見ようとせず、「理想の姿」だけを追いかけて、どうやって目の前にある問題を解決するというのか

 

もし病気になったら、まずは「病気になった」という現実を受け入れ、「病状を確認」し、どうすれば「病気を克服できるのか」を考えた上で、治療を開始する。『米軍基地問題』を解決したいならば、それと同じステップが必要になる。

沖縄県民が抱え続けている『米軍基地問題』を真正面から考えようとせず、理屈や制度に捉われたまま『米軍基地問題』を語り、『島ぐるみ』で闘った時の過去の栄光ばかりを掲げて、理想の「沖縄県」を目指そうとしても、何も解決しない

 

何も解決せず、何も変わらないままで、それでいいのか?

 

沖縄が抱える『米軍基地問題』は、沖縄戦から始まった。

その『沖縄戦』は、73年前の今日、1944年10月10日から始まったと言ってもいい。

なぜならば、十・十空襲のちょうど1週間前、1944年10月3日に太平洋地区米軍は琉球列島(南西諸島)を確保せよとの指令を受け取っているのだ。《「沖縄 日米最後の戦闘」(米国陸軍省編・外間正四郎訳/光人社NF文庫) 15頁より》

 

あれから73年が経過したが、沖縄県は今も米軍に『確保』され続けている。

なぜか。

 

それは、沖縄県民を代表する者たちが、『米軍基地問題』の原点である『沖縄戦』をきちんと学ばず、『知っているつもり』で安全保障を語り、自らの無知をさらけ出すからである。

 

その良い例が、先日の石垣市議による、

「お花畑に住む平和ボケの皆さん」発言である。

 

沖縄タイムス「お花畑に住む平和ボケの皆さん」 石垣市議が発言 市民団体反発

2017年9月26日 07:40

石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会」共同代表らは25日、石垣市平得大俣への陸上自衛隊配備に反対する署名活動を巡り、与党市議の石垣亨氏(54)が市議会9月定例会で「お花畑に住む平和ボケの皆さん」などと活動を批判したことへの抗議声明を発表した。石垣氏は取材に「問題はない」としている。

 

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お花畑の石垣亨市議 (自由民主石垣)

 

 石垣氏は20日の一般質問の中で署名活動に疑問を呈し「『ミサイルが頭上を飛びJアラートが鳴っても、憲法9条があるから平和が保たれたというお花畑に住む平和ボケの皆さんの考えは理解できない。今では少数ではないか』との専らの意見」と発言していた。

 抗議声明は「軍事基地があると標的になる」などの反対派の訴えを、別の与党市議が「真っ赤なうそ」と否定したことも批判。「言論の場で侮辱や悪罵は許されない」と指摘している。

 石垣氏は「現実を直視してほしくて本屋にあふれるフレーズを借りた。特定の誰かのプライバシーを侵害したり、何かを制限する意図はない。逆に、議員の議場での発言を縛ろうとするのは問題」などと反論した。

 金城哲浩共同代表は「署名の重みをないがしろにする発言」と批判。「多くの市民がミサイル基地を造らせない、石垣の平和を守りたいとの思いで署名した。議員の資質が疑われ、議会の品位を落とすもの。本当に許せない」と憤った。

「お花畑に住む平和ボケの皆さん」 石垣市議が発言 市民団体反発 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

 

この石垣市議は、どうして米軍が『十・十空襲』をしたのか、その理由を知っているのだろうか。

なぜ、南西諸島の全域が米軍の標的になったのか、説明できるだろうか。

 

辺野古を差し出せ」と発言した、この人はどうだろう。沖縄戦を知っているだろうか。

 

琉球新報辺野古差し出せ」 早期決着へ容認に転換「嘉手納以南振興を」

2017年8月31日 10:34

 米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古への新基地計画について、日本維新の会県総支部代表の儀間光男参院議員は30日、那覇市内で開いた政治資金パーティーで「(翁長雄志)知事は辺野古を差し出してでもこの問題を決着し、代わりに嘉手納以南を完全に振興するという担保を国から取るべきだ」と述べた。これまで儀間氏は辺野古移設を容認しない立場だったが、今回の発言で容認に転じた。

 

https://ryukyushimpo.jp/archives/002/201708/8e95770b65bb5dda4eca5c128b53eb35.jpg

 

発言後、儀間氏は取材に対し「このままでは国権に勝てない。(沖縄側が)突っ張っているうちに墜落事故が起きたら誰も責任を取れない」と述べ、辺野古移設を容認することで早期決着を図るべきだとの考えを示した。その上で「辺野古を造るのに4千億、5千億円かかる。それだったら、嘉手納以南の沖縄全体で1兆、2兆円もらうべきだ」と主張した。

 今後、維新の会県総支部の方針とするか、支部内で議論していく考えも示した。一方、県総支部顧問の下地幹郎衆院議員は、本紙の取材に対して「(儀間氏の)個人的な考えであり、党の考えではない。党内で議論しない」と否定した。

儀間氏「辺野古差し出せ」 早期決着へ容認に転換「嘉手納以南振興を」 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

 

悲しいかな、この2人も沖縄県民の代表である。

 

沖縄県民を代表する政治家の皆さん(特に上の2人と「チーム沖縄」)には、6月に亡くなった大田昌秀氏の言葉を贈る。

 

『…かつて沖縄が米軍政下におかれていた時、基地受け入れを容認する県下の市町村に対して、高等弁務官が地域振興費の名目で資金を大盤振舞いした。「高等弁務官資金」と称するにんじんを県内市町村の鼻先にぶら下げたのだ。今また、その再現を思わしめる「基地容認費」とでもいうべき資金が、地域振興に名を借りて大手を振って基地所在市町村にばら撒かれている。こうして沖縄を食いものにし、甘い汁を吸う者が横行する事態は、いつの時代も同じといってよい。

経済発展も、平和なればこそ意味がある。沖縄のいわゆる反戦地主たちが、祖先から受け継いだ大事な土地は、「戦争や殺戮と結びつく軍事基地に使わせるより、人間の幸せに結び付く生産の場にしたい」という意味もそこにある。しかも基地は、ひとたび有事になれば、真っ先に攻撃目標にされることを、わが沖縄の人たちは、よもや忘れてはいまい

 

大田知事 に対する画像結果

 

かつての沖縄戦で、先人たちが何百年もかけて営々と経済発展に力を尽くして築き上げた「沖縄」それ自体が、無数のかけがえのない文化遺産とともに一挙に壊滅させられ、すべて水泡に帰してしまった。そのことは、県民が身をもって体験したことではないか。そのことを理解するためには、今一度、1944年(昭和19)10月10日の「那覇大空襲」を思い出しさえすればよい。

 

この日、県都那覇市は、早朝から米艦載機によって五次にわたる空襲を受け、たった1日にして街の90%、約1万1500戸を焼き払われた。そのうえ、沖縄守備軍配下の陸軍は、戦死者136人、負傷者227人を出した。一方、海軍は、戦死者82人、軍夫の犠牲者120人、負傷者70人の被害。そのほか、民間人の死者が330人、負傷者455人というありさま。さらに船舶の損害も沈没120隻余、弾薬その他の軍需物資の損害も甚大であった。とりわけ県民の1ヵ月分の食糧までもすべて焼失せしめられた。この空襲における甚大な被害を通して、私たちは、「何のための経済発展か」を、問い返されたのではなかったのか。

それだけに今こそ、改めて「戦世(イクサユ)も済(シ)まち みろく世もやがて 嘆くなよ臣下(シンカ) 命ど宝」(戦の世は、終わった。平和で豊かな〝弥勒世〟がやがて来る。嘆くなよ、おまえたち、命こそが宝だよ)の言葉を噛みしめてみる必要があろう。なぜなら、平和は、失われて初めてその有難さがわかるのだが、それではもはや遅いからだ。』(33-34頁)

《「沖縄、基地なき島への道標」(大田昌秀/集英社新書) 33-34頁より》

 

沖縄県民や、その代表者達が『沖縄戦』を知らないのは、沖縄の平和学習が日本の歴史教育のように、教える側が重大だと思う「ある特定の日」や「特定の出来事」、「特定の人たちだけの体験」だけを教え、それだけが『沖縄戦』であったかのように伝え、継承させようとするからだ。

 

そして沖縄県民は、「ある特定の日」のみ沖縄戦を考え、それ以外の『沖縄戦があった日々』について、知ろうとしないし、調べようともしない。

 

これでは、「沖縄戦を知っているつもりの人たち」が増えただけで、実際は、沖縄戦の教訓を何も継承できていない

沖縄戦が、忘れ去られようとしている。

呪文のように、同じ文言だけを繰り返し述べても、それだけを教えても、沖縄戦から始まった『米軍基地問題』は解決しないのだ。

 

今、変わらないといけないこと。

それは、沖縄県民の視点

今、ぶっ壊さなければならないもの。

それは、沖縄県県民を代表する行政の長代議士政治家の中に蔓延る固定概念である。

今、改めて学び直さないといけないこと。

それは、沖縄戦沖縄戦の教訓だ。

 

視点を変えない限り、固定概念をぶっ壊さない限り、きちんと沖縄戦を学ばない限り、『米軍基地問題』を解決することはできない。

まずは、沖縄戦から続く「ありのままの姿を見よ!

 

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【今回の提言:「ありのままの姿を見よ!」のまとめ】

● 一般的な地図に描かれた「沖縄県」の姿は、「ありのままの姿」とは大きく異なる。

沖縄県内に置かれた米軍基地や演習場は、「沖縄県」ではない。アメリカ合衆国である。

● 『米軍基地問題』は、沖縄戦から始まった。その沖縄戦は、十・十空襲から始まった。

● 『米軍基地問題』を解決するためには、視点を変え、固定概念をぶっ壊し、沖縄戦をきちんと学んでから臨む必要がある。